キースが多大な影響を受けたヒナステラ

2016年3月11日の早朝、衝撃的なニュースが飛び込んできました。プログレッシブロックを代表するキーボード奏者キース・エマーソンが他界しました。銃で自らの頭を撃ち抜くという衝撃的な最後に多くファンがいたたまれない気持ちになったことでしょう。「局所性ジストニア」に悩み、晩年のパートナーであった川口真理さんによると「ここ数年、右手と右腕に問題を抱え、数年前、病気の筋肉を取り除く手術を受けたが、彼の右手の痛みと神経の問題は悪化していった」とのこと。

かつては、ピアノコンチェルトも弾きこなすほどのテクニシャンのキースには、耐えられない状態だったのでしょう。そんなキースの超絶技巧の源流がどこから来たのかを知る上での必須科目のひとつがアルゼンチンの作曲家アルベルト・ヒナステラの作品です。

キースは、このヒナステラに多大な影響を受けています。「Interviews」でのインタビューでもキース自身がその影響を公言しています。例えば、エマーソン・レイク&パーマー(EL&P)の『恐怖の頭脳改革』のA面2曲め「トッカータ - Toccata」は、ヒナステラのピアノコンチェルトをキーボードトリオ版としてアレンジしたものだというのは有名です。原題にも「An adaptation of Alberto Ginastera's 1st Piano Cocerto, 4th movement」と明記されています。

ヒナステラへの直訴で実現

ヒナステラとキースを語る上で面白い逸話があります。上記「トッカータ」のアルバム収録に許諾を出そうとしないパブリッシャーに業を煮やしたキースは、当時、スイス在住だったヒナステラ本人の下をデモテープを持参して直訴します。

ヒナステラの妻を交えた3人でランチの後に、持参したデモテープを聴かせます。するとヒナステラは、曲が始まり5〜6小節聴いたところでテープを止め、妻の方を向いて 「Diabolic!」とつぶやいたといいます。「悪魔的だ!」といった意味でしょうか。

キースは、完全否定されたと思ったようです。ただ、再生に使用したテープレコーダーがモノラルのチープな機械だったこともあり、気を取り直してステレオのデッキで再度、最後まで再生します。ただ、ヒナステラは、曲に集中しているようには見えず気が気ではなかったようです。

ですが予想は良い方に裏切られました。ヒナステラは聴き終わるやいなや「信じられない!君は私の音楽の本質を捉えている。今まで誰もそれを成し遂げたことがなかった」と絶賛したそうです。そしてめでたく許諾がおり、「トッカータ」はアルバムに収録されました。ヒナステラの家を去る際、妻がキースにそっと耳打ちしたそうです。「Diabolic!は、彼にとって最大の褒め言葉なのよ」

名曲『タルカス』の元ネタを収録

近日中にもPure Sound Dogレーベルからの配信を予定しているピアノスト下山静香の最新アルバム『アルマ・エランテ~さすらいの魂~ 』には、ヒナステラの代表的ピアノ曲「3つのアルゼンチン舞曲集 Op.2」から「1. 年老いた牛飼いの踊り」「2. 優雅な乙女の踊り」「3. ガウチョの踊り」の3曲が収録されています。

キースのファンであれば、この難曲に心震えることは、プログレファンである筆者が保証します。おそらく、「再生」ボタンを押した瞬間にEL&P『タルカス』のオープニング曲「噴火 - Eruption」の印象が脳内でシナプス接合することでしょう。

そんな「3つのアルゼンチン舞曲集 Op.2」を10月4日(木曜日)にライブで聴くチャンスがあります。件のCD発売記念ライブが、豊洲シビックセンターホールで開催されます。ピアニストの内奥から、まさに「Eruption」するかのようなど迫力の演奏を体で受け止めに来てください!
チケット購入は、Peatixならスマホアプリやウェブから簡単です。

「<ラテンアメリカに魅せられて vol.9>下山静香 PIANOライブ 2018」
https://shizukapiano-104.peatix.com/

文責:山崎潤一郎(Pure Sound Dogレーベル主宰)