新世界より / From the New World、ホルヘ・カバジェロ / Jorge Caballero
新世界より / From the New World
- 交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」 第1楽章
Symphony No.9 in E minor, "From the New World" 1st movement - 交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」 第2楽章
Symphony No.9 in E minor, "From the New World" 2nd movement - 交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」 第3楽章
Symphony No.9 in E minor, "From the New World" 3rd movement - 交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」 第4楽章
Symphony No.9 in E minor, "From the New World" 4th movement - 平均律クラヴィーア曲集 第1巻より4番 BWV849 前奏曲 - 5声のフーガ 嬰ハ短調 プレリュード
Prelude and Fugue,BWV849 from “The Well Tempered Clavier”, BookⅠ No.4 Prelude - 平均律クラヴィーア曲集 第1巻より4番 BWV849 前奏曲 - 5声のフーガ 嬰ハ短調 フーガ
Prelude and Fugue,BWV849 from “The Well Tempered Clavier”, BookⅠ No.4 Fugue - 半音階的幻想曲とフーガニ短調 BWV903 幻想曲
Chromatic Fantasia and Fugue BWV903 Fantasia - 半音階的幻想曲とフーガニ短調 BWV903 フーガ
Chromatic Fantasia and Fugue BWV903 Fugue
ホルヘ・カバジェロ / Jorge Caballero
「非常に優れた才能を持つギタリストが度々登場し「天才」と評価されるが多くの場合それは疑問だ。しかし、ホルヘ・カバジェロ氏に関してその言葉が使われる時、それは単に控えめな表現に過ぎない」( ギターレビュー・マガジン)
1976年ペルーのリマに生まれたカバジェロは高名な声楽家である母のもと、幼い頃からバックステージで多くの音楽家の演奏を聴いて育った。のちにリマ国立音楽院で勉強を始めるが、ギタリストである父のレッスンを聴いて育っていたため既に全てのことを習得していた。当時リマでは頻発するテロの影響で電力の供給がなされなかったが暗闇の中で猛烈な勢いで勉強し、のちに17歳でアメリカのマンハッタン音楽院でデイビッド・スタロビンに学ぶようになる頃には、"彼のレパートリーをあげるより、レパートリーで無い曲をあげた方が早い"と言われるまでになっていた。
あらゆる楽器が対象となる音楽家のピューリッツァー賞と称されるナウンバーグ国際コンクールを、その96年間の歴史の中で制した唯一のギタリストであり、その他にも多くのコンクールで優勝、入賞を重ねると同時に世界中から招聘されるギタリストとなる。2009年にジョン・ウィリアムスの代役として出演したイサローン(独)では熱狂を持って迎えられ「新しいギターの王」「その無限のオーケストレーションはギターが他のどの楽器よりも優れた普遍的な楽器だということを証明した」と激賞された。
山下和仁編のムソルグスキーの「展覧会の絵」とドボルザークの「新世界より」を録音した世界で2人目のギタリストでもあり、また2000年に録音したバッハのチェロ組曲の演奏はP.カザルス、M.ロストロポーヴィチ、A.セゴビアと並び称され高く評価された。メトロポリタン美術館では所蔵楽器であるJ.ブリームが使用した1940年のH.ハウザーによってカバジェロの演奏がビデオ収録され、歴史上最も優れたギタリストの1人と評されている。2019年の来日公演ではその凄まじいともいえる演奏に熱狂した聴衆からスタンディングオベーションで絶賛された。カバジェロはまた作曲家でもある。
In the span of a decades-long career, Peruvian born guitarist and composer Jorge Caballero has accrued wide recognition as one of the most important guitarists in history, being the recipient of several international awards, and performing in recitals, chamber music and as a soloist around the world. Critics from international newspapers and guitar publications have praised Mr.Caballero’s depth of musicality, as well as his technical mastery when tackling the unique difficulties of his concert repertoire. Aside from the standard guitar literature he performs –which spans centuries of music from the Renaissance until the present, Mr. Caballero is notorious for adapting and performing masterworks originally written for piano or orchestra, among which we find Mussorgsky’s Pictures at an Exhibition, Dvorak’s New World Symphony, Debussy’s Children’s Corner Suite and Alban Berg’s Piano Sonata Op. 1 to name a few. One critic in Italy referred to Mr.Caballero as “standing on top of the repertoire’s Mount Everest,” while the New York Times called him “a masterly guitarist” with “chameleonic timbres.” Since his first solo recital at age thirteen, Mr. Caballero has given numerous concerts throughout the world, including performances at Lincoln Center, Carnegie Hall and the Library of Congress, and as a soloist with the Los Angeles Philharmonic, Orchestra of St. Luke’s, New York’s Chamber Ensemble and Turkey’s Presidential Symphony. He has also collaborated with the Mendelssohn and the Miró String Quartets, with Soprano Theresa Santiago and flautists Stefán Ragnar Höskuldsson and Carol Wincenc. Born into a musical family, Mr. Caballero began his guitar studies at the age of ten at the Preparatory Division of the National Conservatory of Music in Lima, Peru with Eleodoro Mori, and years later, with Oscar Zamora. At age 12, he tied for First Prize at the Conservatory Guitar Competition, which included participants at the college-level division more than twice his age. The following year, he earned Second Prize at the Peruvian National Guitar Competition sponsored by Jeunesse Musicale, competing in the adult category. His first international award occurred in Montevideo, Uruguay, at the First Latin American Guitar Competition. He was 15. Additional awards include top prizes at the Luis Sigall International Competition, as well as the Tokyo and Alhambra guitar competitions. In 1996, at the age of 19, he earned First Prize at the Walter W. Naumburg International Competition in New York City, a unique award for musicians often compared to the Pulitzer Prize. To this day, he is the youngest musician and only guitarist to have ever received this award. As of 2021, Mr. Caballero has been appointed to the Guitar Faculty at the University of Toronto in Canada. He is also part-time faculty at Kean State University in the United States, and Honorary Professor at the National University of Music in Lima, Peru.
楽曲について
交響曲第9番 ホ短調 作品95『新世界より』
交響曲の歴史に名を留める傑作と言われるこの曲は国際的な名声を得ていた51歳になるドヴォルザークがニューヨーク・ナショナル音楽院の招きに応じ、音楽院院長の任に就いた次の年、1893年5月に完成させた。アメリカの黒人音楽が、ドヴォルザークの故郷であるボヘミアを彷彿させたことに刺激を受けたと言われるが、ドヴォルザークはそれを自分の語法として消化し、従来の西欧的音感覚から新鮮に聴こえる音世界を創りあげることに成功した。ペンタトニックとシンコペーションが多用されたエキゾチックともいえる美しい旋律が次から次へと溢れる。しかし、アメリカの音楽の精神を取り入れながらも、構成はあくまでも古典的な交響曲の形式に則っており、第1楽章で提示される第1主題が他の全楽章でも使用され全体の統一を図っている。
この最も演奏される機会の多い交響曲を、1987年に「展覧会の絵」に続いて山下和仁がギターの為に編曲して実演と共に発表し、更なる衝撃を世界に与えた。この編曲から伝わってくるのは、1台のギターが交響曲の世界を完全に表現し得る楽器だと山下氏は本気で確信しているのだということである。それは実演と共に世界を席捲したが、その後、彼に続くギタリストは現れなかった。唯一ホルヘ・カバジェロだけが山下氏の超人的な離れ業を1990年代から引き継いで演奏していたが、その録音がやっと発表されることはギター愛好家ばかりでなく全ての音楽ファンにとって喜ばしいものであろう。
第1楽章:Adagio – Allegro molto ホ短調 序奏付きソナタ形式
冒頭、郷愁を感じさせる調べから始まるがそれを突如打ち破るように力強い動機が発せられる。その後、雄大さを感じさせる第1主題が現れるが、第1主題前半の動機は後の楽章にも度々現れ、全体の統一感を出す役割を果たしている。
次に黒人霊歌を思い起こさせる柔らかな第2主題が再び郷愁を誘い、第1楽章ではこれらの魅力的な主題が絡み合いながら反復され、高揚していきながらクライマックスを迎え劇的に終わる。
第2楽章:Largo 変ニ長調 複合三部形式
第2楽章の有名な主題は「家路」「遠き山に日は落ちて」などの愛唱歌として数あるクラシック音楽作品の中でも最も私たちに馴染みのある旋律だろう。
ドヴォルザークは当時アメリカの詩人ロングフェローの叙事詩「ハイアワサの歌」のオペラ化を検討しており、第2楽章はインディアンの英雄を謳った、この「ハイアワサの歌」をイメージして作曲したと言われている。
また、ここで使われている変ニ長調は作品全体の主調であるホ短調からは遠隔調に相当するため、第2楽章には前後の楽章との対比から独特の浮遊感がある。
後半、第1楽章の第1主題の動機が現れるが、その後再び第2楽章冒頭の主題が奏でられ、穏やかな雰囲気の中、美しい余韻を残して第2楽章は終わる。
第3楽章:Scherzo. Molto vivaceホ短調 複合三部形式
ABACABA-Codaの形で2つのトリオを持つ。この第3楽章も「ハイアワサの歌」をイメージしており、ここでは先住民が踊る場面を表現したとドヴォルザーク自身が語っている。1つ目のトリオは民謡風、2つ目のトリオは西洋風に作曲されており、コーダでは第1楽章の2つの主題が登場する。
第4楽章:Allegro con fuoco ホ短調、序奏付きソナタ形式
各楽章の主要主題も織り交ぜながら結ばれる壮大なフィナーレ。
反復される半音の音型が、音程を広げながら緊迫感を高めていくと、有名な第1主題が力強く現れる。次に牧歌的な第2主題が躍動しながら高揚し、第1主題の断片や第2楽章の主題を織り交ぜながら、終結へと導いていく。展開部では各楽章の主要主題が登場し、最後は新大陸に沈む赤い夕日を思い起こさせるような、壮大なクライマックスの中で幕を閉じる。
余談だが、無類の鉄道ファンであったドボルザークはこの「新世界より」の中で汽車や汽船などが出す鉄道の様々な音を描いていると言われており、各楽章のなかでそのような描写を探し、思いを馳せるのも面白いだろう。
平均律クラヴィーア曲集 第1巻より4番 BWV 849 前奏曲 - 5声のフーガ 嬰ハ短調(Präludium und Fuge cis-Moll BWV 849)
原題の"wohltemperierte"とは、鍵盤楽器があらゆる調で演奏可能となるよう「良く調整された(well-tempered)」ことを示し、本来は平均律を含む転調自由な音律を広く意味する。この曲集には第1巻と第2巻があり、それぞれ24の全ての調による前奏曲とフーガで構成されている。第1巻 (BWV 846〜869) は1722年、第2巻 (BWV 870〜893) は1742年に完成した。ここでは第1巻から4番を取り上げている。 プレリュードの旋律はレチタティーヴォ風に書かれ、受難曲を思わせる表情と荘厳さを持ち合わせている。また、低音では次に続くフーガのテーマが仄めかされている。 フーガ冒頭のC♯、B♯、E、D♯、C♯は十字モチーフであり、バッハにとって特別な意味が込められているようだが、これはヘンデル初期のカトリック教会音楽の《主は 言われたDixit Dominus》の中から「彼の怒りの日に」の 部分をそのまま用いたものである。バッハもヘンデルもルター派の信徒であったが音楽の価値はそれとは別にあるということであろうか。カバジェロはこの重層的な5声のフーガの深淵な世界を内省的に表現している。
半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903
バッハの残した鍵盤作品の中でも最高峰の曲の一つ。偽終止、変終止、不協和音、異名同音転換を用い、シャープ系、フラット系、時に長調の片鱗すら覗くあやふやとも取れる多様な調が半音階的に激しく転調していくが、それがバッハの驚異的な作曲技法によって自然に隣り合い纏められ上げられ「見事にしつらえられた和声の迷路」などと言われる。
後半のフーガ冒頭の半音階では ラ(A) シ♭(B) シ(H) ド(C)と並び、BACHの名前のアナグラムとなっている。パズルのように組み合わされた音楽は終盤で畳み掛けるようにドラマチックに音を重ねる。
この完成度ゆえにバッハはこの曲を自身のレッスンの教材として用い、弟子たちに筆写させた。のちの疾風怒濤様式との類似を指摘されることもあり、ベートーベンもこの楽曲を良く研究した。
鍵盤楽器での演奏でも難曲として知られるが、この音楽に取り組んできた鍵盤の巨匠たちの演奏の歴史に、カバジェロはギターで極めて自然に新たな1ページを加えている。その尋常ならざる力量には舌を巻くしかない。